えぐちさんの2007年2月5日のレポート

2007/2/8


長居公園で起こったこと


江口怜

震えが止まらなかった。絶え間なく響く退去を求める声。無表情に周りを取り囲むガードマンたち。スクラムを組む隣の人の腕のぬくもりだけが冷静さを保たせてくれた。僕がその日長居公園で見たものを書き残したいと思う。

1月末から2月頭にかけて長居公園でテント村の強制排除が行われるらしいという話は、かなり前から聞いていた。しかし、正直なところ僕にとってそれほど大きな関心ごとにはなっていなかった。その後、年末の越年越冬炊き出し(※1) に一日だけ参加させてもらったり、うつぼ公園の強制排除を映した映画(※2) を見る機会などがあり、徐々に意識が高まっていった。最終的に当日参加しようと思ったきっかけは、Fさん(※3) のメールに書いてあった「行政と争うのではなく、あくまで自分たちは非暴力を貫く。そして自分たちの想いをこめた芝居をうつ。その舞台を守るために支援に来てほしい」という内容を読んだことだった。その姿勢に深く共感し、純粋に自分もその芝居が見てみたいと思い、芝居を守るために前日の夜から長居公園に行くことに決めた。

2月4日(土)の22時過ぎに現地入りした。一回目のミーティングは19時に行われ、その後公園の見回りが行われたそうだが、特に行政側の動きはなかったという。僕が行った時点では4,50人ほどの人がいただろうか。意外と若い人も多かった。その後も全国各地から支援者が続々と集ってきていて、どの人がどこの人なのか、どういう関係の人なのかさっぱり分からなかった。僕たち自身、長居公園に残っておられた野宿者の方に「お前らどこのもんやねん」と怒りながら聞かれる場面があった。その時はFさんが「神戸の夜回りの者です」と説明してくださり、笑顔で納得してくださったが、その方がぼそっと「俺は支援者つぅもんが嫌いやねん」と話しておられたのは印象的だった。23時過ぎに、2回目のミーティングが行われた。今後の動きとしては、0時頃にもしかしたらバリケードがはられるかもしれないので、そういった様子があればまた呼びかけること、翌朝は5時起床でミーティングを行うことが確認された。また、今回の方針は、あくまでこちらは非暴力を貫き逮捕者を出さないようにすること、目的は芝居の上演でありみんなで舞台を守ることであることが確認された。ミーティングの後、Fさんに公園を案内していただき、公園事務所の場所やすでにバリケードがくくりつけられた車の場所などを見に行った。その時、以前陸上競技場の近くで凍死された方の話なども聞かせてもらった。確かにその夜もとても寒く、体の芯から冷え込んでいく感じだった。何度か翌日まで仮眠をとろうと考えたが、その寒さの中ではとても眠れなさそうだったので諦めた。自分は明日になれば暖かいところでほっとすることができるが、野宿している方々にとってあの寒さが日常なんだと思うと、なんだか申し訳ない気持ちになった。その夜は、一緒に参加していたMSさん、MKさん、YOさん、Wさん、YSさん(※4) らと焚き火の火に当たりつつ夜を明かした。

2/5(月)5時ごろから眠っていた人がちらほら起きだしたが、最終的には6時半ごろからミーティングが行われた。ミーティングでは改めて方針が確認され、8時からガードマンたちが配備し、9時から行政代執行が行われる予定であるというマスコミからの情報が伝えられた。うつぼ公園・大阪城公園の時とは異なり、今回市は行政代執行の実施について記者会見を行うなど、マスコミに対してオープンな姿勢を示そうとしている。これは、どうせ報道されるならクリーンなイメージを演出し、不信感をもたせないようにしているのだと考えられる。ミーティング終了後はさらに多くの支援者が集まり、だんだん現場もざわつき始めた。アフリカンドラムや変わった楽器の音なども鳴り響く。マスコミも大量に現れだし、テント村から道を挟んだ広場のところにカメラの設置を始めた。僕は何度も公園事務所の辺りに行って様子を伺った。撤去を行う人たちがどんな気持ちでどんな表情でその時間を過ごしているのか気になったからだ。何人かの人たちの様子を見たが、それは工事の段取りを打ち合わせているのとあまり変わなかった。時間も近づきテント村に戻ってみると、舞台の周りにすでにスクラムが組まれていたので、急いでその輪の中に入る。

8時頃、ガードマンたちが一箇所に集い、バリケードを乗せた車とともにテント村に向かってきた。すぐにバリケードの設置が始まり、あっという間にテント村付近は囲まれて行き来ができなくなる。座っていてあまり様子が見えないので、トラメガをもった指揮者の解説の声だけが頼りだ。そのうち、テント村の後ろ側の道路に面している部分には、高さ4mほどのブルーシートで目隠しがされた。「人に見られたたら困るようなことをするのか!」と怒号が飛ぶ。やはり別の場所で野宿している方やずっと支援活動に携わっているらしい方たちはかなり感情が昂ぶっているようだった。そのうちシュプレヒコールが始まるが、僕は初めただその勢いに押されているだけだった。9時になり行政代執行を始めるという文書が読み上げられ、周りのテントから少しずつ撤去が始まる。役者である長い公園に残っている方たちと支援者の方たちは少し前から舞台裏で発声練習を行っていた。撤去が始まり、何度かのシュプレヒコールの後、芝居は始まった。

「愛してるよー!!」確かこの言葉で芝居の幕があけたと記憶している。芝居の詳細は記憶が曖昧であることもあり、省略させていただく。全体の雰囲気としては、ユーモアに溢れ、誰を敵視して描くわけでもなく、「愛」に溢れているように僕は感じた。決してある新聞に書かれたような「行政批判」が趣旨ではない。もっと広い視野で描かれた作品である。僕は純粋に、その芝居を楽しむことができた。おもいっきり笑い、何度も涙も流した。出演している役者のせりふには本当に想いがこもっていて、アドリブの入れ方のうまさには純粋に感動した。そしてなにより、ガードマンの人たちがその芝居を見ていたことに大きな意味がある。ガードマンで雇われている人には、不安定な雇用状況にあり、潜在的野宿者である人が多い。長居公園で野宿している人たちも、そういった自分たちと近い立場にある人たちと争わなければならないことにやりきれなさを感じており、そういった人たちに芝居をぜひ見てもらいたいという思いがあったそうだ。うまく拡声器が使えなくて地声になってしまったため、比較的近い位置の人にしか声が届かなかったのだが、それでも確実にガードマンの人たちはその芝居を気にしていた。わざわざ振り返ってみている人もいたし、途中で目を潤ませている人もいた。シュプレヒコールに対して何の感情の動きも見せなかった人たちが、芝居には心を動かされている。「表現の力」というものを感じた。

芝居を演じている間も着々と撤去作業は進められていた。しかし、芝居が進むにつれ、確実に撤去作業を行う人たちの動きがにぶくなっていた。芝居は一度終わり、シュプレヒコールの後二度目の上演が始まった。撤去作業は、舞台の後ろにあるテントにまで手が伸びた。そこには一人残っていたのだが、10人ほどのガードマンが力づくで追い出したという解説の声がトラメガから聞こえる。こちらは少し手を出しただけで逮捕されるが、あっちはどんな暴力的手段を行使しても許されるのである。そのテントが撤去され、残るは舞台のみとなる。撤去作業する人もさすがにスクラムに手を出すのははばかられると見えて、なかなか動き出さずにこう着状態となる。しばらくその状態が続いたのだが、向こうの挑発に対して怒り、つかみかかろうとする人もいて、必死でそれを止める。舞台上からは「これ食べて落ち着いてよ!」と言ってパンや飴やジュースが配られた。徹底的に争いを避け、ユーモアでもって冷静さを保つその姿勢に思想を感じた。

あるとき、どこからか指示が飛んだのか、いっせいにガードマンたちが動き出した。手前の人から引き剥がしにかかる。スクラムを組んで抵抗するも、数の力によって少しずつ引き剥がされる。辺りは騒然となり、もみあいになる。人の波に押され、挟まれて圧迫されたときは、正直死の恐怖を少し感じた。やはりけが人が出ては困るということで、立ってスクラムを組みながら少しずつ出て行こうと指示が出る。みんな立って動き出しはしたものの、もう何がなんだかよくわからない。悲鳴がところどころで聞こえる。結局けが人はなかったようだが、誰かが足をとられてこけていたら、そのまま将棋倒しになっていたかもしれない。時間が立つとともに少しずつ舞台を離れ、最終的には支援者たちもみな一つのかたまりとなって、少し離れたところに集まった。そこでメンバーの無事を確認しあい、今後の対応について話し合いが行われた。僕はここで抜けてきたため、僕がお伝えできるのはここまでである。

翌日、前日の夕刊とその日の朝刊を全てチェックした。そしてがっかりした。あの場所で伝えようとしたことがほとんど伝わっていない。あそこに集う人たちの想いは芝居に表されている。しかし、芝居の内容や訴えをきちんと書いているのは神戸新聞の朝刊のみだった。全体の論調としては、公園で野宿するのは問題であり、それにきちんとした対処をできない大阪市も問題。住民は繰り返されるこういったやりとりにうんざりしている、というものだった。どこにも「人権」という視点はない。あそこにいた大勢のマスコミ陣はいったい何を見ていたのだろう。

今年の灘チャレンジ(※5) の寸劇のテーマが野宿者問題に決まった。この長居公園での出来事を、正確に伝えていきたいと思う。

※1
神戸での越年越冬の取り組みのこと。大阪と同じように、年末年始、毎日炊き出しや出し物をする。今年はそこでうつぼの映像(以下に出てくる「Public Blue」)を上映したりした。

※2
「Public Blue?関西公園?」のこと。大阪城、うつぼ、西成公園などを中心に、大阪の野宿者の状況をうつした映像。

※3
神戸YWCA夜回り準備会メンバー。かつ神戸大学震災学生救援隊のメンバー。そして大学の先輩。

※4
すべて、神戸大学震災学生救援隊のメンバー。かつ神戸の夜回り参加者でもある。

 

 

 

 

※5
神戸市灘区で震災から毎年行われている地域の祭り。神戸大学震災学生救援隊が、中心となり、毎年ひとつの社会問題を取り上げ、風刺劇にしている。2年前も地域の野宿者問題を取り上げたが、今年は釜ヶ崎や日雇労働について取り上げることになった。