けろさんの2007年2月5日のレポート

*はじめに
私は長居公園には残念ながらほとんど行ったことがなく、
当日は「何かしなきゃ」ととるものもとりあえず駆けつけた状態だったので、
恥ずかしながらどのような動きをするのかなどあまりわかっていませんでした。
そんな私ですが、見たことについて感じたことを書きます。

*当日のこと
スクラムを組むとき、現場を仕切っていたリーダーたちが、まず「若者と学生お
いで」と呼び、そこのスクラムに入りました。
次に、長居の関係者と呼ばれていた人々と、各地から集まったおっちゃんたちが
私たちの外側でスクラムを組みました。
行政の人たちは、真っ先に外側に座っていた人につかみかかりました。ちょうど
目の前でした。
そのとき深く考えていなかったけれど、おっちゃんや長居の人たちに、外側のス
クラムで中の私たちを守ってくれてたんだ、とつくづく思いました。

スクラムを組んで座っていたら、日陰だったこともあり、地面の上で冷えてきた

次第に、トイレに行きたくなったけれど、トイレは既に「行政包囲網」の外だっ
たので、トイレに行くと再度中に入れない。
生理上のことや体の不調などで、少しずつ抜けていく人がいた。

スクラムの排除が始まったとき、初めは座って粘るようにしていたけれど、
危険な状態になってきたので、リーダーが立つように指示。そのまま右へ流れて
いくようになりました。
人間が凝縮しドミノのように倒れそうになったとき、私の場合は、神戸の支援者
Mさんが身体を引っ張ってくれて、助けてくれました。
直後は息が苦しかったけれど、引っ張ってくれたので助かりました。
長居に住んでいたFさんが、心配してくれた。
ほんとは、テントをつぶされて一番辛かったはずなのに。

たくさんの人に助けられて、怪我がなくてすんだ。
本当にそう思います。
そして、あんなに混乱した現場を、チームプレーで指示を出していたリーダーさ
んたちは大変だっただろうし、すごいと思いました。

*「戦争」だと思った
命令された人が、抵抗しない人に容赦なくつかみかかる現場を目の前にして、「
戦争」という言葉が頭の中をよぎりました。
これで向こうが銃や棒を持っていたら…
私の目の前で人が襲いかかってくるのが見えて、今でもそれが頭をよぎります。

*人がひきずられていくのを目にするほうがつらかった
スクラムつぶしで、目の前の人にヘルメットの人たちが襲い掛かるのを見たり、
その前に、カメラを回していた人がカメラごとひきずられていくのを見たのがつ
らかった。
自分が押されているときは何がなんだかわからなかったから、逆につらさは低か
ったと思う。
それに、上にも書いたように、人に守られていたからましだったのだとも思う。
テントがつぶされる様子は、スクラムで前にいたからほとんど見えなかった。後
で、テレビの映像で見た。
フェンス外での抗議なども。
現場にいても、ほんとに少しのことしか見えないんだ、としみじみ思った。

*お芝居のこと
私は事前にお芝居を見ていなくて、当日背中からせりふを聞き、時おり見上げる
ようにして芝居を見ました。
最初、相手方の状況を見て、ということだったから、芝居をしている人も大変だ
ったと思う。
芝居が終われば排除、という懸念はもちろんあっただろうし…
初めて見たから、記憶も断片的で、お芝居としての全体のかたちをなぞれなかっ
た。
それは、排除に来た側の人たちもそうだったとおもうけれど、芝居のかたちとい
うよりも、
とにかくそれぞれの人たちが発するメッセージ、表現にこめられた思いは周囲に
熱く伝わるものだったと思う。

*メディア対策
露骨だった。
トラックが報道陣の前で停まったりするのが数回あった。
そのたびに、「テレビに流せないようなことをしているやないか」と抗議した。
報道の人にも呼びかけた。「フェンスを越えて、こっちに来て報道して」と。
一度、押しのけて入ろうとした記者の人がいたのか?ちょっともみあいになって
いるのが見えた。
でも、こちらまで来なかった。
後、スクラム排除で押してきたとき、ある職員が「押さないでくださいー」と叫
びながら押してきた。
これはメディア対策??
もしかしたら叫んだ人も押されていたのかもしれないけれど、
私の感触では、明らかに押されるよりも押しながら反対のことを叫んでいたよう
に思う。


*交流
スクラムを組む前、おじさんが歌を歌っていた。
山谷ブルースとかを、とてもきれいな声で。
おっちゃんの名前を聞き忘れたけれど、名古屋から来た人らしかった。
他にも、「どこから来た?」と、一種交流の場でもあった。
それどころではない人が多かったからこんなことを書いたら不謹慎かもしれない
けれど、私にとってはあたたかい一面だった。