2007年12月9日(日)、大阪日日新聞において、記録集が紹介されました。

以下は、掲載された記事の画像と本文テキストをおこしたものです。

トップページに戻る

■ ホームレスとの記録 長居公園で交流の若者らが出版
写真
10月中旬、長居公園内であった野宿問題を考えるイベント「大輪まつり」に集まった編集メンバーら

 大阪市が二月、長居公園(東住吉区)から「テント村」を強制撤去した問題について、ホームレスの人たちと交流してきた若者らが記録集をまとめた。誰が、なぜ、どうしてあの場所に集ったのか。元住人や支援者とも呼ばれる“仲間”計四十七人が、野宿生活に至る経緯や身を寄せ合ったテント村への思い、撤去当日の雑感などを記した。題名は「それでもつながりはつづく」−。

 公園の南西部。ブルーシートでできた小屋はもうない。炊き出しや医療相談、野宿問題への理解を呼び掛けるイベントをしてきたテント村は、世界陸上を控えた市に行政代執行法に基づいて排除された。

 記録集は大学院生やフリーター、介護職ら二十代の六人が編集。記録映画を撮るため住み込みでカメラを回したり、近郊の休耕地で住人とともに無農薬野菜を育てる作業に参加したり、空き缶拾いの研究から訪れたりし、テント村と接点を持つようになった。

 川人理恵さん(25)には「孤独感」があったという。帰る家があって生活に支障はない自分は恵まれているはず、なのにだ。テント村で見つけたのは「生臭いぐらいの人間同士のかかわり」。たき火を囲んで夜通し語り合った。笑い、泣き、怒鳴り合いながら撤去に抗議する思いを込めた創作芝居を何度も練習。代執行当日に市職員らを前に演じた。

 記録集には「あたしとテント村。支援を超えてそれぞれ個人個人の関係ができていた。テント村を簡単に壊されてもうちらは簡単に壊れない」と書いた。

 鍋谷美子さん(26)は「代執行に集まった多くの人は『そのときだけ外から集まる訳の分からない支援者』では少なくともくくれなかった」、張領太さん(24)は「日常にまん延する野宿者に対する無知、無理解、差別が強制排除を完遂させたのではないかと思う」とつづった。

 元住人も胸の内を語った。ある男性(51)はテント村の仲間から調理や弁当配達などの仕事を紹介してもらい、「あそこでホンマ生きさせてもらった。いろんな人間関係ができてさ」と寄せた。

 別の男性(42)は通りすがりの若者にけられたり、植木鉢を投げつけられたりした経験を明かし、「路上での野宿とテント村では安心感がまったく違う。一度、貧困に陥って住居を失うとなかなか元の生活を取り戻せない。好き好んで野宿生活をしているわけではない」と訴えた。

 記録集はビレッジプレスが販売。全国の主要書店やインターネットで扱っている。二百三十一ページ、九百円。問い合わせは電話090(9475)1504、編集メンバーの渡辺拓也さんへ。