過去ログ
2022年4月-6月


2022年6月30日(木)

 思ってはいけなかった。

2022年6月29日(水)

 まあ一山越えたと思ってよかろう。

2022年6月28日(火)

 合意を得るというのは、一つの目標に対して賛同を取り付けていく作業ではなく、目標ははっきりしているにもかかわらず、問題の本質とはかかわりのない関係者の雑念や固執を一つずつ片付けていくプロセスなんだな。

 自分というものがない。社会、人と人の間に現れる、あるべき理念に寄り添うことでしか、自分を見つけられないのかもしれない。

 もし今回のこともまたそういうことで、出来事の一つ一つは流れ去ってしまうものでしかないなら、次に僕が行くところはどこなのか。

 決まっている、それは選ぶことができない。寄り添えるものがなければそれまでのことだし、そこまでの価値があるものと出会えないこともある。あるいは、その価値を持つものを手に入れようとしてもいいのかもしれない。どちらに転ぶかは分からないとしても、価値そのものは変わらない。

2022年6月27日(月)

 うーん、難しい。データ量の問題だろうか。

 違うな。具体的な指示として表現するのが難しいんだ。要求として正当性を付与しながら、具体的な指示内容を書かないといけない。

2022年6月26日(日)

 やれるだけのことは。

2022年6月25日(土)

 合意を得るというのは一つの目標に対して賛同を取り付けていくような作業ではないな。

2022年6月24日(金)

 めちゃくちゃ疲れる。

2022年6月23日(木)

 いろいろ考えなければいけないことは数えきれないほどあるだろうから、あらかじめ考えておこうとしても無理がある。

2022年6月22日(水)

 ひとの気も知らずに。

2022年6月21日(火)

ここに道がある。道のりは1000マイル続くかもしれず、女性が歩いているのは最初の1マイルめではない。あとどのくらい歩かなくてはいけないのかわからない。わかっているのは、彼女が後戻りしているのではないということ。そして道のりがどんなに厳しくても、ひとりではないのだということ。きっと数えきれない男たち、女たち、個性的なジェンダーをもつ人たちが、ともに歩いているはずだ。[レベッカ・ソルニット(ハーン小路恭子訳)『説教したがる男たち』2018年、左右社、pp.189-190]
2022年6月20日(月)

 これまでのところ、順調に来ているようだ。

 そうでもないか……。

 何も報われないこともあるだろう。

2022年6月19日(日)

 かまわないで欲しいのか、かまって欲しいのか、どちらなのだろう。

 どちらでもあるのかもしれない。こうあって欲しいという押し付けでもあり、思いやりでもある。いずれにせよ、どちらかはまちがいとしながら、先へ進まなければ答えは得られない。

2022年6月18日(土)

 抑えきれない気持ちは溢れてしまう。しかし漏らさないだけの節度もある。

 気がかりでも進めなければ開けない道があり、しかし同時に自制心を働かせなければならない。

 技術的な手続きにしたがったフィールド日記ではなく、できるなら毎回、飯場日記を書いてしまいたい。

 飯場日記が書けたのは特殊な条件が揃っていたからで、狙って書けるようなものではないと思っていたけど、あれは文体で表現できるものであって、技術的に書けるものかもしれない。記録的なフィールド日記の対極にあるものだ。

 飯場日記って、思ったことを無責任に、そのまんま書いてるんだよな。分からんことは分からんと書いていて、それによって逆に雰囲気が良く伝わる。そういう仕掛けなんだな。不正確なことを不正確なままに平気で書いている。

 そうして書かれた飯場日記は、自分で読んでも面白いくらい面白いんだけど、論文を書く役にはまったく立たないと僕は思っている。

 多分、直観的な理解を形にする技術として優れているが、それと理解を論証するプロセスは別物だからだろう。

 いや、違うな。飯場日記の後に、何とかして書けるようになって、書いていった論文は、飯場日記での理解を発展させた上で論証したものではない。フィールド記録の中にもう一度、飯場日記的な理解を結実した上で、論証の道具にしたもので、それが「エピソード記述」と重なるものだったんだ。

 飯場労働の心得は、部分的には飯場日記での理解をベースにしているから、論文の役に立たないわけではない。ただ、論文にするには、その後のフィールド記録的なものも必要だった。

 飯場日記とフィールド記録、どちらも必要なものであり、前者を活用するための枠組みの発見と、後者を活性化するためのエピソード記述とが、方法論的に求められるという話なのだろうか。

 しかし、それは飯場日記とフィールド記録という使い分けをしなければならない理由にはならない。必要なのはある程度の蓄積であって、すべてのデータが飯場日記であっても、何の問題もないように思える。

 しかし、僕は二つ目の飯場では飯場日記は書けなかった。これも何度となく繰り返し振り返り、想起してきたことだけど、毎日働きながら飯場日記を書くのは不可能だと思っていた。事実、最初の飯場日記は調査を終えてからまとめあげた「作品」だったわけだし。

 いろんな理由がある。僕は飯場日記は「科学的ではない」と思っていた。きちんとした記録ではないと思っていたから、予備調査ではありでも、本調査ではやってはいけないことだと思っていた。その認識が記述に縛りをかけていた。

 毎日、労働後に日記を書くのは大変だということと、やってはいけないことだという認識とから、僕は飯場日記を書こうとしなかったし、そうすると、何も書くことができなくなった。そうなった時の苦肉の策として、大変であることは承知の上で、「時系列に沿った網羅的な記録」としてのフィールド記録(フィールド日記)を付けることになった。

 しかし、フィールド日記は実は感情を抑制してしまっているので、感情を解凍する作業として、エピソード技術が必要になった。

 いや、そんな単純な話じゃないな。

 いや、合ってるのか。僕は飯場日記を、時系列に沿って、自分の感情も織り込んで網羅的な記録をつけるものと考えていた。しかし、フィールド日記になった時には、感情を書き込んでいるつもりで、書き込めていなかった。フィールド日記の時には、冷静な「観察者」であろうとしてしまっていた。

 冷静な観察者である必要などなかった。不完全でも、感情に任せた記録を書いてしまえばよかった。すべては飯場日記でよかったのに、そうは思い切れなかった。

 今そう思えるのは『飯場へ』という成果をまとめあげただけでなく、それ以降もみっちりとフィールド日記を書き続けてきたし、その結果として、フィールド日記の限界を感じるところまで来たからだろう。その限界というのは、この記録をつけ続けることがもはや苦痛であるということだし、「できるだけ正確で、情報量の多いデータ」をつけるより、「気づきにあふれたデータ」を書く方が重要だと思うようになったからだ。

 「何を書いたらいいか分からない」場合の次善の策としてフィールド日記を書いてもいいが、実際には「何を書いたらいいか分からない」なら、「何を書いたらいいか分からない」ことを書けばいいだけの話なのだ。混乱を混乱のままに、焦りを焦りのままに書けばいい。それがもっとも実体に近いデータなのだから。

 細かいディテールなど、着想がまとまればいくらでも思い出せる。そもそもディテールがなければ着想はまとまらないし、着想がまとまる時には、必要最小限のディテールが思い出されるのが論理的な必然である。

 というか、大切なのは記録を取り続けることであって、どうせなら記録を取ること自体が楽しみである方がいいよね、というだけの話なのだろう。

 こういうことを他人が文章化したものがあるだろうか。

2022年6月17日(金)

 出たとこ勝負でいいのかな?

 ああ楽しいこと。充実していると言ってもいいのかもしれない。

 でもそれは何も期待していないからだろう。

2022年6月16日(木)

 6月はこういう月になるわけだ。

 今この排除と闘おうと逃げようと、勝てようと負けようと、その先がある。そうやって育まれるものに、その時は気付けない。未だ形にならない、言葉にならないものを共有できるとすれば、それが生きるということの実体なのではないか。

2022年6月15日(水)

 まあいい。失敗したらまた軌道修正すればいい。それでいいし、それしかない。

 なれあわないように気をつけないと……。

2022年6月14日(火)

 理念を共有していけるのかどうか。

 ネガティブ・ケイパビリティも、つまりはコスモロジーの話なんだな。

2022年6月13日(月)

 はー、せめてうまくいって欲しい。

2022年6月12日(日)

 大切なのはコモンズを維持する仕組みではなく、コモンズではないもので世界を覆い尽くさないようにすることだ。

2022年6月11日(土)

彼女は、たとえ無駄だとしても道義的原則にのっとって抵抗すべきだという持論について話していた。私はちょうど書くことの希望について論を練りはじめたところで、自分の行動が無駄になるかどうかはわからない、と主張した。未来の記憶なんてあらかじめ知ることはできないし、実際、未来は暗い。それが未来にとって最良の形なのだ。つまるところ、私たちはいつも闇のなかで行動する。[レベッカ・ソルニット(ハーン小路恭子訳)『説教したがる男たち』2018年、左右社、p.107]

 お金を払って手に入る価値あるものは、お金がなくても手に入る価値あるものがなければ成り立たないものなのかもしれない。どんなに居心地のいい喫茶店やバーも、公園で一人、買ってきた缶ビールや酎ハイを飲む時間の先に価値を持つものだ。利益から切り離されて解放される場所がなければ、自由であること自体が成り立たない。

女性が男性、特に体制の中心にいる人物を批判すると、女性の主張が事実であるかどうかはおろか、話をする能力やその権利があるかどうかまで疑いにかけられる。何世代にもわたって女たちは、現実が見えていないとか、混乱しているとか、人を操ろうとしているとか、悪意に満ちているとか、陰謀を企てているとか、もともと不正直な性格だとか、大概その全部に当てはまるとか言われてきた。[前掲 p.127-128]

 トライアングラーか。

 結果がどうあれ、やらねばないことはある。進む先がいずれにせよ虚しいものであっても、魂を宿らせる依代は必要なのだから。

 魂が宿る依代の一つであればいい。

 ちょっと極端な気がする。どうしてそんな気持ちにならなければならないのか。

 違う、僕の問題だ。受け止め方のせいだろう。

2022年6月10日(金)

 結構ややこしい。このややこしさも含めて解決していかなければならないということなのか。

2022年6月9日(木)

 ひとを救うことで自分が救われるのだと考えるべきだ。ひとの助けを得るには、ひとの助けを得て危機を乗りこえることの意味を知らねばならない。

 そうこうしているうちに死んだって構わない。その時、その瞬間にも、愛すべき仲間のことを思えるなら。

 みんなの力を貸して欲しい。一人ひとりの心を寄せてくれ。

2022年6月8日(水)

 すっかり目が冴えてしまった。

 結局、僕はいつもそんな役回りか。

 研究でも同じことをすればいいのかな。

2022年6月7日(火)

 星野リゾートの監獄ホテルなんなのか。文化や歴史の消費だし、基本的にそれらを見下している。差別と金儲け主義の結合?

 そういう下品なことを他人にやらせて儲けようとしているところで、星野リゾートは客も見下しているんじゃないか。

 自分の力を高めることを考えていなければいけない。何度でも立ち返り、その都度つらいことではあるけど、その揺れ幅に宿るものを捕まえることしかできない。

 その過程で依代も同時にかき集める。

 せめて自覚的になって、一本しかない筋を突き通さなければ。

2022年6月6日(月)

 瞑想か。心を落ち着かせるということはありえるかもしれない。

 僕もまた先へ進まなければならない。剛毅と中庸の徳をもって説得するなら、そのような力を引き寄せておかなければいけない。

2022年6月5日(日)

 とか言っておいて、様子をうかがってしまう。

 まだ落ち着けないということだろう。焦らなくてもいい。ここまで来れた。

2022年6月4日(土)

 なんだろう、この気持ちは。なぜ困っているのだろう。

 抱かれた以上、この気持ちを受け入れなければならないか。

 ここまで来たら、求められもしないのに僕から出来ることなんてない。

 ああ、そうか。少しパニックになっている。同時多発的に、別々のところから、それぞれの形で、軽くショックを受けるようなことが起こっているから、パニックを起こすほどではないにしても、相互に感覚を揺さぶり合って、判断の評価が不安定になっていて戸惑っている。

 目的地へ向かう道中でこんなことはいくらでも起こる。いちいち意味を見出してはいけない。意味を見出しても、とらわれてはいけない。ただ胸の内でやり過ごすだけのことだ。

2022年6月3日(金)

 疲れた。

 怒りも、悲しみも、苦しみも、ただ過ぎ去っていく。

2022年6月2日(木)

 睡眠は夜まとめて取りたいものだなあ。

 研究所のリレーエッセイ。最初に書こうとしたのとは違うものになったが、まあやはりああいう形でしか書けない。

 しかし、書いてみると、やっぱりこの後に続くのは「抜けられない」話だし、「抜けられない」話への前置きのように思える。書けるものを少しずつ書いていくことが、書かなければいけないものに至る道になるのだろう。

 抜け出せない状態を認めるところからしか始まらない。

 なんか違うな。

 どのような道をたどり、どのような場所にたどり着くのかは、選べないのかもしれない。

 抜けられないことを嘆いていても何も良くはならない。事実をあるがままに描くことによって、社会構造や社会的なメカニズムを明らかにしてしまうような作品がエスノグラフィーであるなら、問われるのは力量であって、境遇ではない。

 今は語り得ないことを語るためには、語らなければならないことを語れるようにする順路を見出さなければならない。必要なのはあるがままの事実をあるべき形で提示するための努力、知恵、工夫だ。

 それを可能にするのがこのやり方だと信じているなら、誰に言いわけしてもならない。困難な道のりでないなら、語り得ずに苦しむ人もいない。歩まんとすれば与えられる。与えられたものを活かせるのはただ歩まんとする者であるなら、苦しみもいずれ必要になる。

 目的地へ向かう道中に、こんなことはいくらでも起こる。やたらと意味を見出すべきじゃない。意味を見出しても、とらわれるべきではない。ただ、胸の内でやり過ごすだけでいい。

2022年6月1日(水)

 擁護者。

2022年5月31日(火)

 いよいよ終わりに向かっているという感じ。

 こういう通過点なのだと思って歩みを進めるのみ。

 リレーエッセイ書かないといけなかった。忘れてた。

■堀川三郎『街並み保存運動の論理と帰結――小樽運河問題の社会学的分析』東京大学出版会、2018年 #2

 

2022年5月28日(土)

 どうしたらいいか分からなくなったら、自分がその時に感じていることに気づいて、そこから始めればいいのだと分かってきた。

 たとえ、それがネガティヴな感情であったとしても、それ以下はないという意味で等身大の自分らしさであり、その時に発揮できる自分の力の足場でもある。何ができるか、どうすればよいか、与えられたもの、備わったものを最大限活かす形で導き出せばいい。

 弱さを認めることが、強いとか弱いとかいったことを越えた、根本的な存在肯定の論理を立ち上げる。

 それがきっと僕の強みなのだろう。強さとか弱さを超えたところで、その都度生み出さなければならない弱さ。何も蓄積させてくれない。僕の手の中にあるのは弱さから生み出される力なのだから、根本的なところで弱さを抱え続けることになる。

 弱さは克服することが望ましいと考えられている。弱さは自然と否定される。そんなところでは、弱さを抱えるところから生み出される力など、語られることはないだろう。

 弱さを否定して強くなろうとすることと、弱さを認めることで得られる力とは、どちらも強さであるようにとらえられてしまう。しかし、これは包摂と反排除が異なるように、まったく別のものを指している。

 パラダイムとパラダイムシフトのような関係なのだろうか。人は二つのことを繰り返して生きているというだけのことなのだろうか。

 パラダイムとパラダイムシフトのたとえはおかしい。

 包摂と反排除はどちらも必要なのに、そうはならない。強さを求めることと弱さを受け入れて得られる力も、どちらもありうることなのに、後者は軽視されている。両立させないような構造があるからではないか。

2022年5月27日(金)

 疲れたまま。

 たぶん少しずつ元気になっている。そうでなければ、こんなふうには考えられていない。だから、あとは時間の問題で、そう遠くない未来に僕は立ち直れるのかもしれない。こんなふうだったことなんて忘れ去って、前向きに生きていけるのかもしれない。

 それなのに、そうなってしまうことに一抹の寂しさを感じている。

 結局、自分のことは自分で救い出すしかなくて、助けてくれる人なんていないということなのか。

 いや、そんなことはない。いろんな人に、直接的ではないにしても、それだけを取り上げれば、とるに足らないことであっても、本人はそうは思っていなかったとしても、助けてもらったのだと僕は思っている。

 ただ、根本的なところで、僕がどれほど苦しんでいたかは、結局、誰も知ることはないのだなと薄々気づきそうになっている。

2022年5月26日(木)

 疲れる一日。

2022年5月25日(水)

 うーん、ビラが書けない。

 風呂入ってから考えるか。

2022年5月24日(火)

■堀川三郎『街並み保存運動の論理と帰結――小樽運河問題の社会学的分析』東京大学出版会、2018年 #1

 地域性をめぐる住民運動の研究として、一通り目を通しておく必要があるかもしれないと思った。

 第1章にいろいろ研究の意義が書かれているけど、もう一つよく分からない。面白みがどこにあるのか分からないというか。

 というより、僕自身がこの本から何を学べると感じたのかを整理する方が大切か。

 町並みを保存することが、地域住民にとってどんな意味を持つのか。地域住民とは誰なのか。どのような人たちなのか。

 地域活性化という大義名分。

 実は正解なんてないのだろう。紛争の背景にある理念が何か。理念は貫徹されたのか、それとも変質したのか。結果としてどうなったのか。誰に利益をもたらし、誰に不利益をもたらしたのか。

 合意の得られる理念の発見とそこへの方途を探る手がかりを提供するために研究があるんじゃないのか。

 そういう意味では、この本は最終的にどこに着地するのかを考えながら読み解くいていくのがいいかもしれない。

2022年5月23日(月)

 嫌だけど進んでいくしかないし、進めることはできるのだから、それで悪いこともない。

 何か道はあるはずだし、歩んでいけば見えてくるだろう。

 苦衷にあるなら、それが道を誤っていない証拠だ。苦しみもともなわずに道は開けないことは承知の上なのだから。

 そう、苦しみは経験の依代であって、それそのものに意味はない。

2022年5月22日(日)

 ものすごい疲れ。

2022年5月21日(土)

 今月も無事「センターの日」をやり終えることができた。

2022年5月20日(金)

 また更新し忘れてた。木曜日は飲まずに夕食を食べて、本を読もうと思っていたのに、仮眠のまま寝てしまっていた。疲れを取らないとダメだ。

 子どもか……。

 「意味はなくとも得るものはある」

2022年5月18日(水)

 疲れるー。

2022年5月17日(火)

 更新忘れる。

 問題意識を掘り下げていく。問題意識を掘り下げるプロセスを把握する。問題の広がりそのものを把握していく方向。問題意識にもとづいた問題設定をして、調査の方針を立てる方向。

 問題の広がりそのものを、気づきのプロセスそのものとしてまとめる方向。問題意識にもとづいて導き出した問題設定に沿うデータを選んでまとめていく方向。

 序論、本論、結論。本論の中にいくつか類型化したまとめがあると良い(あるいは調査の展開プロセスの区切りを設ける)。

 常に何かに煩わされているのに、言葉にする余裕のないまま日々が過ぎ去ってしまう。

 だから、他のことを疎かにしてでも、何か一つのことを言葉にしていかなければならないのか。そうせざるを得ないのか。

 煩わされるほどのことではないのだと、惑わされないようになることが、一つの対処法であるはずと思って、試みていることだし、その通りであるような気もしている。

 ああ。

 なんかまたわかりかけているな。

 自然体とは何か。

 臨機応変。臨機応変って何だよ。

 一期一会。そこまで大変なことではない。

 気に病まない。気にしない。考えていないだけかもしれない。

 自信があるというのも、単に鈍いだけかもしれない。

 繊細さも鈍さも度を越せば仇となる。自分なりの調整をしながら取り組むということ。完成したものがあるわけではない。むしろ、不完全なことを担わされているがゆえに、個人が対応を押し付けられているだけだし、対応のあり方にも別にこれといった正解があるわけではない。

 

2022年5月15日(日)

 方法論的なアドバンテージを示せていない。

 飯場のことを知らない研究者が見ても読み取れないことを十分に示せていない。

 中島さん自身がとらえようとしたことがあるはず。魅力のある飯場とそうでない飯場がある。もちろん、飯場は飯場でしかないのだけれど、労働者にとって好き嫌いを分けるツボのようなものはあるだろうし、人夫出しもそれを心得ていて、その上で飯場の労働条件や生活レベルをギリギリまで切り下げようとするはずだ。その辺のジレンマ。見えないし、見せないかけひきの部分に何か飯場生活の本質が現れると感じていたらのではないか。

 単なる記録なんてものはありえない。自分の方法論へのこだわりと確信があって、それによってとらえられるものがあると思うからこそ、大変な思いをしながら地味な記録を取る。僕にとってのフィールド日記の取り方が、中島さんにとっての写真の撮り方だと考えてみればいい。

2022年5月14日(土)

 更新忘れる。

2022年5月12日(木)

 もう研究機関としての大学にそれほどの価値がないのだとすれば、学問はどうなっていくのか。どこで何のために営まれ、蓄積されていくのか。

 きっとデータから分析するのは本質的に好きなんだな。

2022年5月11日(水)

 また更新し忘れていた。する余裕はあったはずだが。

 飲酒しなくても結局夜ふかししてしまって眠い。しかし、眠いまましんどくてもやり過ごせるものだと受け入れてしまっている。

 学会報告終わるまでは大変だと思っていたけど、学会報告なんてそんな大変だと思わなくていいんじゃないかと思えてきた。

 出来不出来がどうあれ、やらないといけないのだから、やる気と余裕の範囲でどうせやるだろう。だったら、他のことも同時並行でやっていけないことはない。

2022年5月9日(月)

 細部を詰めていけば間違いだらけ。しかし、その一点においては正しく、その一点の正しさを示すためだけに、間違いだらけの論を成す。そういう自覚的な戦略が必要なんじゃないだろうか。

 言いたいことを言う。ある一時点のみに定位した存在肯定を実行する。本人すらも否定するかもしれないことを、瞬間的に肯定する必要がある。

2022年5月8日(日)

 何をすべきかは、何をしたいかに立ち返れば分かることだ。

 いろんなことが頭の中で混じり合って、形にならない。この状態を抜け出さなければ。

奴隷は奴隷と思わないことで奴隷と堕す。すなわち奴隷の惨めさに気づいた奴隷は奴隷である自らを解き放す「主体」としてみずからを現出する。[田中美津『増補新装版 いのちの女たちへ――とり乱しウーマン・リブ論』パンドラ、2004年、p.253]

闇を闇と知ってそれを己れに負う時、あたしたちは、自分を解き放つ原点、すなわちあたしたちにとっての光と出会っていく。己れの闇は己れの闇。被差別部落民の、在日朝鮮人の、百姓の闇を、あたしたちは共有できない。しかし、己れの闇に固執する中で、その共有できない闇の、共有できない重さの、「共有できない」ということを己れにどこまでも負っていくこと――あたしがあたしである、ということはそういうことだ。[前掲: 256]

闘争が、闘争主体の外化したものに他ならない時、武装も共産主義も、自らの可能性の追求の中で必然的に出会い、胎まれていくものに他ならない。つまりとり乱しの中にこそ未来は胎まれるのだ。[前掲: 256]

 愚直さが開く道もある。

 正しい道を往けば愚かになる。だからと言って目指さない理由にはならない。それを自覚して歩めるなら、たどり着くことだけを考えていればいい。

2022年5月7日(土)

 自分なりの世界観が要る。

 そういうものはあるんだと思っていたけど、スケールが合っていない。

 もはや、やり切るしか道はない。自分の発想に縛りをかけるな。できあがるものが何であるかは到底分からない。しかし、そこが向かう先であることは分かっている。その道のりも含めてそれを説明してくれる。

 それがアナキズムと呼ばれるならアナキズムでもいい。他者のためにしがらみを振り切って行動できることを肯定する。

 何よりも価値がある。何が起きても揺るぎはしないもの。悲しみも不幸も乗り越えていけるもの。そうとしか生きられないのだと解ることはまちがいに否定されない。

2022年5月6日(金)

 弱みにつけ込む方がよっぽど効果的なのかもしれない。しかし、それでは何の問題も解決しない。

 どちらにせよ、変えていかなければ、変わっていかなければ、目はない。

2022年5月5日(木)

 熱中症なりかけた。

2022年5月3日(火)

 人間が生きていくためには屋根が必要であることを語る論文が書けるのではないか。

2022年5月2日(月)

 過去にけりをつけることも、未来を目指すことも、今を生きることも、同時に片付けていこう。

2022年5月1日(日)

 自分のためなら、もうできない。

 間違った道は歩んでいない。間違っているなら、それは道ではない。見るべきものを見て、知るべきものを知って、それを伝えるのがフィールドワーカーの仕事だ。

 そうか、そうだな。社会学をやっていたのでは真理にたどり着けない。社会学は小手先の手段に過ぎないのだから。

 それでも社会学に何か真理が宿るように感じられるのだとすれば、社会学が小手先の手段だからなのかもしれない。

2022年4月30日(土)

 人は物語を求める。しかし、物語を生きることはできない。生きながらにして生を語ることはできないからだ。

 自分の強みを分かっていない。これまでだってお手本はなかった。

 それはさておき、学会報告のことを考えないと。

2022年4月29日(金)

 正解にたどり着くまでの道にはまちがいがあふれている。まちがうから気づくこともある。まちがわなければ気づけないこともある。

 それは何を求めているのかを知ることでもある。あるいはまちがいに意味などないのかもしれない。そうと知ることに意味があるにしても、それ自体に意味はない。

 まちがいに意味はなくとも、まちがいは意味にあふれていて、答えをもたらさないにもかかわらず、心を惑わす。惑わされなければ、それほどの惑いをもたらすだけの意義はあるのだろう。

 目指すところが同じなのか、違うのかは分からないけれど、歩む道は異なっているということか。あるいは、近くを歩んでいるようで、進む道は別なのか。いずれにせよ、ともに歩むことはできない。それが道というものであり、しかし、歩まんとするところでは通じ合えるのかもしれない。

 最近は繰り返し同じことを考えている。出来事はきっかけであり、依代でしかない。別の出来事を選んだとしても、たどる道は同じだし、そこで得るものも大きくは変わらない。しかし、依代によって、その現れ方の細部は異なるし、文脈に応じる範囲で読み解き方に違いもある。

 いずれにせよ、そのような気持ちは抱かれていた。常に道は出来事に先立つものであり、出来事の綾は見せかけにすぎない。しかし、その見せかけを通してでなければ知ることはできず、その見せかけを通してでなければ、語ることはできず、伝えることもできない。

 それなら、知るべきものは道にほかならず、しかし、道そのものは語り得ない。道を語るために、それ自体としては意味のないものを語らねばならない。

2022年4月27日(水)

 梅雨時のように天気予報を気にしている。

2022年4月26日(火)

 今日悲観的でも明日は光明が見えると信じて生きるのみだ。

 行き着く先がまちがいであっても構わない。たどり着く場所がまちがいだったとしても、まちがいにたどり着くまでにしてきたことが、まちがいだったことにはならない。語り得ないものを語ろうとすることが抗うということなら、まちがいは通過点でしかない。

 たとえ、それが終わりだったとしても、だ。

2022年4月25日(月)

 更新し忘れていたか。いくらでも時間はあったのに。

 どうにかしたい気持ちがあるならどうにかなる。どうにかする気持ちがなければどうにもならない。

2022年4月23日(土)

 めちゃくちゃ調子悪い。おかしくはないけど。

2022年4月22日(金)

 どうしてこうなのか。

 すごくつらい気持ちの時は、何が起ころうとつらい。その前後の出来事にそんなに意味はない。もちろん、関係はしているだろうが、そういう波の中で、そういう波にその時の出来事が関わっているだけのこと。何が関わってきても、その波は変わらない。

 それを本当に良くないことだと思うなら、正すようにすればいい。恐れているのは変わることではなくて、変われないことなのだから。それが恐れの正体なら恐れやためらいは、むしろ導きの兆だ。

2022年4月21日(木)

 原付パンクした。整備不良だった。

2022年4月20日(水)

 功利主義は、手段と目的の取り違えをもたらす。

 Twitter見てしまうくらいなら新聞読もうと考えたこともあったけど、すぐ忘れてしまうな。習慣を変えるのは難しい。

2022年4月19日(火)

 剛毅と中庸の徳をもって。

 これが心を開くということか。

 これが思いやり。

 アナキズムというものがあるとすれば、それは他者のために、しがらみを振り切って行動できるということだろう。

 フィールドワーカーのスイッチ。

2022年4月18日(月)

 ようやく気持ちが落ち着いてきた。

 何であれ、僕は成長しなければならない。

 こんなことをいちいち苦にしないように。

 別に悲しいことなど何もないのに、心が押しつぶされそうでつらい。

2022年4月17日(日)

 バカバカしいほどの片思い。

 こんなことに囚われていたらいけない。

 片思いですらないのか。

 その時その都度で衝動に任せて表現されるだけのものを信念とは言えない。

2022年4月16日(土)

 なんかすごくどうでも良くなってきた。

2022年4月15日(金)

 飲酒も控えてるのに疲労蓄積がすごい。休むことを覚えなければ……。

 いくつかテーマがある。ふと脳裏をよぎる時には、はっきりしているのに、広げられないまま、流れ去ってしまう。それを少しずつ捕まえていかなければいけないと思う。

 反排除の野宿者運動が目指していたものはなんだったのか。それをはっきりさせるために、僕自身がそれを体験してようとしている部分がある。理解するために踏み込もうとする。確かめたい。確かめなければ理解できない部分だから、そうせざるを得ない。

 そうではない部分もある。

 晴れ舞台にたどり着かないままに続けられる、ふだんの野宿者支援の活動、さまざまな試み。それらの取り組みもまた、その都度の盛り上がりはあるものの、次につながる成果を残すわけではない。しかし、どこにつながるかは分からなくとも、漠然とした方向性は感じ取っている。

 反排除の野宿者運動が目指していたものをはっきりさせれば、それは、行き先が見えないまま繰り返される試みの意味を解き明かす鍵ともなる。

 反排除があることで初めて排除が読み解ける。排除を通して社会構造やその動態が明らかになる。

 理解していないことを説明できるわけがない。理解を可能にするのはデータや理論ではない。

 うまい言い方ができないな。それについて直接は知らなくても、各々の経験を一般化したレベルで理解可能なことがある。理論というのは、そうした一般化の水準にあるものの理解を深めていったものだと言えるのかもしれない。しかし、一般化可能なほどに共有されていないことだってある。未知のものを発見するようなことかもしれない。それが発見される前と後とでは、議論が一変するような発見というものはある。

2022年4月14日(木)

 さらには気を使わなければならないような仲間もいない。

2022年4月13日(水)

 更新し忘れた。

 僕は無責任なことがやれる立場だったんだな。そして、考えてみればかなり無責任なことをやってきた。

 それは自覚した方がいいだろう。データを読み解く視点として。

 研究者のポジショナリティ。そんな言葉もあった。でも、それはせいぜい社会的責任くらいの意味だったり、インフォーマントに対する倫理的な態度を問題にするための言葉で、分析の材料、あるいは手段ではなかった。

 そこで研究ができてしまうこと、そこでどういうふるまいをして、そのふるまいのどこまでを研究だと自覚し、他人に説明するのか。ポジショナリティを説明すること自体が、そのフィールドの状況を説明する軸になるのではないか。

 何を研究と考えるのか。何が研究だと説明するのか。フィールドワーカーであることが、この問題の一つの答えになっているはずだ。

 もちろん、フィールドワーカーであることにも、いろんな形がある。しかし、二つの世界の境界に生きようとすれば、必然的にその身に重なってくるものが引き寄せる立場がある。その形は違っても、そうやって生じるものであることは否定できない。

 無責任な立場でなければ、センターのゴミを片付けようなどと言い出すことはできない。組織に属していればしがらみもあるし、社会的な立場もある。何より、大真面目に提案するにはあまりにもバカげている。本気でやる気があるなら、個人で呼びかけたりしない。誰かに相談してから計画性を持って進めるのが、それこそ責任を負うということ。だから、そんなことを言い出すのは無責任なやつだし、そんなことを言い出すがゆえに無責任でもあるんだな。

 しかし、僕がそれを言い出すには、それなりの経験と経緯がある。もちろん、僕にとって意味があることを説明しはするものの、そんなものは社会的に何の意味もない。それでも、人が何かを決断してやろうとするには、そうした意味を獲得しなければならない。

 活動家にとっては意味のないことかもしれない。組織の人間にとっては意味のないことかもしれない。しかし、そこに意味を見い出せるのが、たとえばある種の研究者であり、フィールドワーカーということではないのか。しかも、そこに手をつける時点では、研究者として評価されるわけでもないし、フィールドワーカーとは何なのか、誰にも理解してもらえないだろう。そういったものは、何もかもが終わった後に、その成果物によって存在することになる。これもまた「語り得ない」ものなんだ。

 語り得ないものを語るには、まちがいを犯さねばならない。語り得ないものを語り得るのは、それがどのようにして可能になるのかは別にして、どうにかして語り得るようになった時にであって、はじまりからその時までは、ずっとまちがったことだと思われているか、不可解か、それどころか、価値のないものだと思われている。

2022年4月11日(月)

 苦しい。けど、やるべきことをやり続けるしかない。いつ楽になるか分からないけど、努力の積み重ねでしか状況を変えていけない。

 運動としてのアプローチを、社会現象を読み解くための調査法として位置づけることは可能なはずだ。そのためにフィールドワーカーはどうあるべきか。

 おそらく自由であらねばならない。

2022年4月10日(日)

 やはり調子悪いみたいだ。飲まずにやり過ごした方が良さそう。

2022年4月9日(土)

 うーん、嫌でも授業する気になっていたところでオンデマンド授業か。

 昨日の授業、直前まで憂鬱だったけど、新入生の初々しさに助けられたな。

 過度に思い悩んでしまっていた。

 何も心配しなくていいわけではないし、心配しすぎるとうまくいかない。向き合うものの大きさを測れていないと、そうなる。

2022年4月7日(木)

 心はすぐに乱れる。

 立ち返るところはいつも一つ。たった一つのことを思い出せばいいのに、すぐにそれを忘れてしまう。

 中庸の徳を意識すれば、日常もまた修練の過程。どのようにやり遂げるかを考え、実行することが、そのまま道となる。

 そうやって立ち返ることを習慣化しなければならないなどというと、ジェイムズのプラグマティズムめいてくる。そして、習慣とは道ということになる。道なるものは須臾も離るべからざるなり。

 僕にしかないもの、僕にしか使えないものはないか。そんなものがあるとすれば、ちょっとした面白さを読み解くセンスだと思うけど、いかんせん即効性がないからなあ……。

 それに、それは自分から仕掛けるというより、相手の中から引き出すものだ。

 ゼロからのスタートだと思えばいい。決してマイナスではない。ゼロからだと思えば、本当にゼロからよりはよっぽどマシなスタートだ。

 明日ダメなら、明後日からも頑張らないといけないだけだし、明日良くっても、やっぱり明後日からも、まだまだだ頑張らないといけないのは変わらない。明日ダメでも明日で終わりというわけでもない。それに、今日だけでも昨日よりは良くなっている。

 ダメだダメだと思うことに意味はないんだ。

危険を平静な眼で直視し、進んで困難を克服しようとする態度を神秘学徒は身につけなければならない。たとえば或る危険に直面したとき、すぐ次のように感じられるように努力しなければならない。――私が今不安を感じたとしても何の役にも立たない。不安を感じてはいけない。何を為すべきか、だけを考えればよい。

 毎回次のことを考え続けていればいい。

2022年4月6日(水)

 いつもフィールドワークは一つの救いであるように。

 昨日の調査は「面白いものが書きたくて、こんな大変なことを厭いもせずにやっているのだ」ということを思い出させてくれたように思う。こういう面白さが持つ正しさ、絶対的な力がある。他のことは忘れて、そういうものを書くことだけを考えていればいいじゃないか。

2022年4月4日(月)

 気分が今ひとつだったのは金、土、日くらいだったか。

 それだって、金、土は写真集に目を通していたし、センターにも足を運んでいるのだから、腐っていたわけではない。

 気持ちは浮き沈みがある。

 少しずつでも答えを得たい。

 そのためには新しいものを自由に取り入れていく必要がある。

 自由であるためには、惑わされてはいけない。焦ってはいけない。何かを手がかりにしつつ、自分の中に新しいものを作っていかなければいけない。それは作ることであり、見つけ出すことでもある。

 作り出すことをうながすのは誰かのアイデアかもしれない。しかし、見つけ出すことは、自分の中にある経験を依代にして形になるものだから、創出と発見は、内と外が交じり合うところで、時差を伴いながら同時に起こる。

 それにしても、研究そのものを前に進めることを考えなければ。

 でも、たぶん、そういうのは「この方向で行けるんじゃないか」という確信があって、突き動かされるようにして進むものだから、もやっとした状態ではどうにもならないし、もやっとした状態を落ち着かせる作業を疎かにすると、ますます視界は不透明になるのだと思う。

 笑った。

 少しくらい自分を癒す時間があってもいいじゃないか。自分で自分を修復する時間。この3年間、どれだけのことをやってきたか。

 足りていないのは、落ち着いて考えられる環境だけだろう。これだけのものを蓄積させてきて、活用できずにいるのは、ただそれだけのことだ。

 もうそれはずっと前から壊されていた。壊れていたのに成果を出し続けていた時期があったから、ますます見えなくなっていた。

 自分の中の繊細さを世界と向き合わせることが僕の方法論なのだろう。弱さを向き合わせる強さを求めてきた。だから、逆境であればあるほど、そういう道を選んでしまうところもある。理想を目指しているからだ。

 しかし、十分な強さを持っているわけでもない。それなのに、やっぱり僕はあの時、選んでしまったんだな。

 やられっぱなしというわけにはいかない。困難な道ではあるけど、乗り越えるつもりでなければ挑めない。

2022年4月3日(日)

 技法としての調査に何を求めるか。

 僕にとっての調査法を教えると思い切ればいいのではないか。

2022年4月2日(土)

 落ち込むことすら必要なことなのだと思えればいいんじゃないか。

2022年4月1日(金)

 やる気ないから少しずつでもやるか。

■小杉邦夫『釜ヶ崎写真集 泰平の谷間の生と死(1973-1978)』1978年、プレイガイドジャーナル社

 この時代に写真集を作るというのはどういう意味になるんだろう。

 KUIM・釜ヶ崎地域問題研究会。連絡先が喜望の家。上部団体が協友会? 稲垣さんに謝辞がある。あとがきには警察から嫌がらせを受けた話が写真付きで紹介されている。

 「釜ヶ崎で日雇い労働組合を始めた当初、もっとも生活が苦しく、唯一の財産であるカメラをしばしば質屋に入れた」とあるから、釜ヶ崎で働きながら写真を撮っていたのだろう。

 英訳付きで釜ヶ崎の解説がある。英文はタイプライターで打ったようなフォント。

 「釜ヶ崎の朝」と称して、南海萩之茶屋駅からセンター方向を撮った写真から始まる。そういうストーリーを作ろうとしているんだな。センターにひしめきあうマイクロバス。かつてはこれだけの求人があった。渥美建設のバス。

 「厳しい越冬」仏現寺公園のテントの下で寒風(雪?)に耐える人々。女性の姿も。野宿者。

 「Tさんのカルテ」入院中に頭身自殺(この本前もこうやって見たな)。

 「越冬闘争」なるほど、釜ヶ崎の代表的な風景、出来事にフォーカスしている。中島さんはこういった他の写真家をどういうふうに見ていたのだろう。同じような写真を出しても意味がないと思うだろうし。竹槍を掲げた姿など、味がある。

 花園公園の第五回越冬闘争テント村というのは、稲垣さんが本で書いているやつだよな。

 「病人を入院させろ!」それぞれの闘争を取り上げているんだな。

 「盆と正月」夏まつり。

 「子供たち」他の写真集(太陽の子ら)と関連してるのかな。

 「ドヤと住人」

 「ドヤ「八千代荘」のつくり」というイラスト。蚕棚式。

 なるほど、写真がなければ分からないということはあるか。古い写真を見て初めて意識できるな。

 「ドヤの火事」実際に燃え盛る風景を撮っている。火事については「ルポルタージュ ドヤ「北国」の火事」というのがついている。イラスト付きで4ページ。ページを置いて「ドヤの大火「千成」と「新大阪」考察」やはりイラスト2ページ、記事1ページ。

 「メーデー'78」中島さんの写真にも大阪城公園へ向かうメーデーの写真はあった。作品としてはどこで差異を作るかが課題になるし、まとめられないままになった写真も大量にあるだろう。しかし、作品としての差異化まで至らなかったとしても、差異は必ず埋め込まれているはずだ。

 警察による撮影妨害のようなことは、中島さんも経験しているのだろうか。

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