日雇い労働者のつくりかた

第10回 怪我をするとはどういうことか

今回で第10回ということで、そろそろ終わりが見えてきた「日雇い労働者のつくりかた」です。8回と9回の前後編というのは、一つのテーマで2回ぶん稼げてこりゃあいい次回と次々回は書き残した細々したことをレビュー的にすくう前後編にして、最終回はさらっとまとめのようなことを書いて完結させてしまえと考えていたのですが、「そういえばこんなテーマもあったなあ」と気付いたので今回は怪我についてです。

■建設労働は怪我をする?

建設労働と言えば3K労働の代名詞のようなもので、3つのKの中には「危険」が含まれています。「危険」というのは要するに怪我をしたり、死んだりする確率が高いよということですね。どんなに注意していても起こるのが事故だし、ミスをしない人間はいません。その事故やミスが生命の危険につながりやすいのが建設労働ということでしょうか。

しかし、「生命の危険」などといった大きな話についてはひとまずおいておきましょう。今回は僕が現場労働の中で怪我をした経験を元に、怪我をするとはどういうことかについて見ていきたいと思います。

■怪我をするとはどういうことか

怪我をするのは嫌なものです。大きな怪我だと治療費がかさむし、完治するまで不自由な思いをするし、なんといっても痛いです。

<現金>の時はともかく、<契約>で飯場に入っている時に、もしも、仕事をしばらく休まなければならないくらいの怪我をしてしまったらと考えると、いたたまれない気分になります。金がないから飯場に入っているというのに、治療費がかかる上に仕事を休んだ日も飯場代(入寮中の生活費)が着々と引かれていくのですから、搾取されている気分満点です(※1)。

仕事を休まなければならないほどの怪我でなくとも、働き続けるには配慮が必要になります。症状を悪化させてはならないし、怪我をしていてつらそうに見られてはなりません。雇用主は「怪我をしていて働けないのに来るな」と簡単に言うでしょう。哀しいことに僕たちの代わりはいくらでもいるのです。その日どんな作業を要求されるかわかりませんから、その怪我が治るまで負担のかかる作業に当たりませんようにと祈る日々が続きます。

負担のかかる作業に当たらなくとも、怪我はちょくちょく痛むので痛みに耐えながら働くことになります。この痛みはどうせ他人にはわかりません(わかられてもいけません)。わりと上機嫌で仕事をしていたのに、いきなり怪我をして、瞬間に痛みの中に叩き落とされるつらさは言うまでもありません。いっそ殺してくれ。てめえ笑うなこっちは痛いんだ。

■初めての怪我

まず、僕が初めて怪我をしたケースについて紹介しましょう。働いている最中に膝が痛くなったことがありました。ボタ山を降りる時に、変な角度から膝に圧力をかけてしまったのだと思います。この痛みは一週間くらい続きました。

関節の痛みというのは力を加える角度によって出方が異なるようです。僕の膝の痛みは坂や階段を昇る時にはまったく気にならないものの、降りる時にはズキズキ痛んで、かばいながら降りるしかありませんでした。また、平地でも駆け足ができなくて苦労しました。「ちょっと来てくれ」と言われて駆け寄れないというのは気まずいものです。これも、坂道だと苦にならないだから不思議なものです。激しい動きをすると否応なく痛むように思われますが、スコップを使うときはあまり膝に負担はかかりませんでした。

このときは気休め程度ですが、タオルを裂いて膝にくくりつけてサポーター代わりにしました。実際どの程度効果があったのかはよくわかりません。それでも、可能な限り手は尽くしておきたかったのです。

■怪我をした瞬間のどぎまぎ

木造家屋の解体の現場で、トラックの荷台にチップ(木片)を積んでいました。鉤手を装備したユンボで家屋を解体し、取り外した柱や梁などを持ち上げて荷台に積みます。積む時の微調整を僕は荷台の上でしていました。

チップは形や長さが様々です。チップは処分場に運ばれますが、トラック1台いくらで処分量を取られるので、めいっぱい乗せようとします。したがって、うまいこと隙間のないように積んでいかなければならないし、運搬中に落下しないように後ろの方を高く積むという配慮も必要になります。

さらに、このチップは、ただの木片ならよいのですが、もともとが家屋だったものなので、あちこちに釘が出ています。ふだんあまり見る機会のない「五寸釘」というのはこれかと目を見張りました。こんなものを踏みつけたらとんでもないことになると気を付けていたのですが、踏むときは踏んでしまうものですね。

ぶっとい釘が安全長靴の底を突き抜けて足の裏にグサッといきました。別にそんな音はしませんが、僕にだけは「グサッ」と聞こえました。気をつけよう気をつけようと思っていたのに、そもそも不慣れなチップ積みという作業、不安定な足下、次から次にユンボでよこされるチップといった具合で、そんな余裕はなくなっていました。

怪我をしたらまずどうしたいか。速攻その重傷を目で確かめたいです。しかし、次から次へチップが来る中、「釘踏んだからちょっと待って下さい」とはなかなか言い出せず、血の気が引いて首筋がすーっと涼しくなりながらも作業を続けました。長靴の中が血だらけになって、靴下が真っ赤になってたらどうしよう。

休憩時間におそるおそる長靴を脱いでみると、靴下は釘が刺さった辺りだけ少し赤くなっている程度でした。靴下を脱いで傷跡を見ても、刺さっただけあって釘の先程度の穴は空いているものの、大したことはありませんでした。さすがは足の裏です。伊達に長年あしげ(?)にされているわけではなく、その皮は厚いようです。

■まとめ

このように、怪我は、何気なく働いていた時間を壊し、さまざまな不安を巻き起こします。それが重い怪我であれ、軽い怪我であれ、「どうしよう」という不安と判断の不確定さをもたらします。怪我をした者は、自分の怪我がどの程度の怪我であるのかを探らなければならないし、探った上で現状をどう乗りきるかを模索して適応する道を切り開かねばなりません。

もう少し書きたいことがあるので、次回も怪我の話をします。というわけで、次回は怪我をした時に、どう乗りきるかについて語ってみようと思います。

※1
実際には労働災害保険があるので、きちんと保険が申請できれば生活の不安はありません。建設業では元請の業者が労災に加入することになっています。しかし、現場によっては労災隠しをして示談で済ませようとするところもあるようですし、ちょっとした怪我であれば労働者も隠そうとする節があります。現場で怪我人が出ることは雇用側にとっては望ましいことではなく、不慮の怪我であっても雇用側の印象を悪くすれば仕事を失うかも知れないという不安を労働者は抱くのだと思います。とはいえ、自分が雇われている下請がどんなしょぼい会社でも元請が労災に加入しているので、その点は安心して労災を申請しましょう。もし揉み消されそうになったら、釜ケ崎であれば、西成労働福祉センターの労災係に相談しましょう。その際、元請会社の名前を覚えておきましょう。

2006年12月25日更新